三月日記

曖昧なことをつらつらと。

彼と私、私と私

依存

依存している

彼の可愛いに

彼の好きに

彼の嫌という言葉に

彼の寂しがる姿に

彼の大丈夫という言葉に

彼に

彼の一番であることに

執着している

 

私は私であることを望んでいる

私は私に従順でいたいとそう思う

 

私は私に痛みを与える存在でいたいとそう思う

私は私にどうしようもないね

ぐずぐずで役立たずで能無しで

そんなどうしようもなく

可愛そうな私は私を頼るしかないね

それがまたかわいそうだね

そういわれることに安心と

快感を覚える

私は私を飼い慣らしたい

 

言葉の過不足

2025.2.14

 

バレンタイン、80%より78%くらいのチョコレートが好きです。

今日はどこにも誰にも出せなかった、手紙をここに。

 

君へ

久しぶりのお手紙、ありがとう。

言おうか迷っていたけれど、今日は正直に話そうと思います。

君がくれた手紙の内容に私はすごく驚きました。

私が抱いた感情とは正反対の感情が、文字となって綴られていたからです。

 

あの日、改札で会ったとき

私は「ごめん、トイレいっていい?」って言いました。

あ、間違ったって思いました。

久しぶり!元気?が先だったなー、

遅れてごめんが先だったなー、

と思いました。

 

あの日、道に迷ったとき

君は「こんな道もわからない人間、ダメだよねー。」って言いました。

私は寂しく、虚しく、イラっとしました。

 

あの日は、君が失恋して一週間がたった日でした。

私が、君の相談を受けて6日目の日でした。

 

あの日、君は言いました。

君は改札で別れる間際に言いました。

「ごめんね、あのとき相談のってもらって」

私は思いました。

あんなに考えて相談を受けたのに

なんで君は「久しぶり」の次に、

「あのときはありがとうね」じゃないんだろうって思いました。

 

あの日、私は改札で会って別れるまでずっとそう、考えていました。

いつかいつかと、ありがとうを待っていたら

その日一日、ずっとイライラしてしまいました。

君が写真を撮ろうと、カメラを向けたとき、気が付かないフリをしました。

自分も君も、全部嫌になりました。

会話の中で私の口調は、だんだん強くなりました。

 

「そんなこと言わないでよ。」

って言われて

張り詰めた糸がぷつんと切れた感覚になりました。

 

これまで、どれほど私が君の気持ちを無視して

言葉を選んできたのだろうかと、怖くなりました。

大切にしなかったから、大切にされなかったんだって思いました。

 

今、わたし君に大切にされてないんだって思ってます。

それから、大切にするということの基準、居心地の良さの定義が

私と君とでは、全くの別物なんじゃないかって思いました。

 

もう覚えていないけれど

君が選ぶ言葉、ときどき痛かった。

チクチクと刺さりました。

 

きっと、やさしい言葉を直接伝えるのが苦手な人なんだろうなって思っていて

だから、手紙やLINEで伝えてくれていたんだろうなって、わかってはいるけど

 

それでも、私は直接的な言葉が欲しかった。

そう、思ってしまいます。

 

 

 

人生で、三回恋をするという。という話

2025. 2.3

人は人生で、三回恋をするという。

思えば、今回で三回目の恋になる。

 

 

 

二月、暑いと思っていたら大寒波が訪れるようで、

外出が億劫になりながらも、本来二月ってこうだよなぁと安心している私がいる。

 

 

二月といえば、バレンタイン。

バレンタインを前に恋愛という言葉がちらほらと目に入るようになって、

ある日、”人は人生で三回恋をする”というフレーズを見つけた。

 

しかし、人は本当に三回しか恋をしないのだろうか、と感じるのだ。

 

例えば、恋の定義を

”好きという感情を持つこと””恋人関係であること”

とするならば、

 

私は今回が三回目の恋である、と言えるだろう。

ちなみに、今回が三回目だと言い切れるのは

前回の恋愛はカウントせず、前々回を二回目として、その他は回数に入れず、そのまえの前を一回目という数え方をしているからだ。

ということで、

「人は本当に三回しか恋をしないのだろうか。」という問いの答えは

「人による」これに尽きるのだが、

そう言ってしまうとなんだか物足りないので、私見を挙げておこうかと思う。

 

私の場合は「人は本当に三回しか恋をしないのだろうか。」という問いに

 

三回以上恋をする、しかし三回恋をするという一般論的なものを聞いた瞬間に、三回しか恋をしないという限定的な言葉へと変換し、結果として過去の恋愛を三回に収めようと試みている」という答えがでる。

 

だからこの場合、大切なのは直近の恋愛だということになると思うのだ。

直近の恋愛のポジションを1,2,3回目のどの位置に分類するかにより、人生で三回に限らずとも恋愛ができる。

 

そういえば以前、友人にこんなことを言われた。

 

「何度も恋をして、その都度恋する水準をレベルアップさせているんだよ。あなたは。」

 

誰でも簡単に好きになることが、コンプレックスになりつつあったあの頃の私には、救いの言葉だったな、と。

年齢を重ねるにつれ、誰でも好きになることはなくなり、

もはや恋愛の仕方を忘れてしまったのではないか、と感じることさえあったけど。

 

一回目は小学生のころ大繩の飛び方を教えてくれた、という些細な理由であるが人柄も含め好きになったあの子だった。

その後、高校生になったあの子はずいぶんと変わっていて、優しく~ちゃん。と呼んでくれていたあの子は、ちゃん付けしない男の子になっていた。

 

そしてその後の恋は、すべてまとめて二回目の恋としよう。

どちらかといえば、忘れてしまいたいし、忘れても問題のない恋だから。

 

そして今に至る。

今、私の心には君という種があって、

芽が出るか出ないか、花が咲くか咲かないか、私の育て方次第であって、

だから私はこの種を恋だと分類して、育てることにした。

そう、こうして私の恋愛が始まった。あまりにも唐突に、そして運命的に始まってしまったので、私はこれを人生最後の三回目の恋だと分類したい、のかもしれない。

 

だけどいずれまた、これを二回目の恋だと思う日が来るだろうし、

それに、これが一回目に分類される可能性も否めない。

 

だからもしも、自分の恋は三回目も終わってしまったし、と思っているのならば

直近の恋を、三回目にしてしまえばいいと思う。

そのくらいの気持ちで、好きになってもそれはそれでいいのかもしれない。

 

大寒波に見舞われて、外出が億劫になったとしてもそれが本来あるべき姿なように、

大恋愛ののち新しい恋に進むのが、億劫になるのは本来あるべき姿なのかもしれないし。

それに、春が来て、夏が来る。寒さなんて忘れて、むしろ寒さもよかったなと思える日が来るのかもしれない。

 

だから私は今日も、外へ出かけようと思う。

 

 

成人式マジック、あれやこれやと

2025.1.15

 

早いもので、現在2025年。

時の流れを感じます。

 

さてさて、私20を迎える年でして、先日成人式に行ってまいりました。

 

皆様は、”成人式マジック”たる現象をご存じでしょうか。

 

私の定義では、

環境や、お酒の力で元恋人や好意を抱いていた人へ一時的に、”なんかいい”という淡い期待を抱いて始まるあれやこれや

 

なのではと考えているのです。

例えるならば、

 

恋人が居ながらも元恋人の皆様とノスタルジーにずぶずぶと浸かること。

気がついたら、ホテル。

終わったはずの関係に火をつけては一日のうちにその熱量は消失。

という感じの現象全般のこと。

 

彼女いませんでしたか、、、という方々がほかの女の子とぴったりくっついていたり、目の前見えなくなるくらいの距離間で話していたりと、とにかく第三者から見れば

おいおいおいおいおいおい、と止めたくなる展開ばかり繰り広げられるのです。

 

 

それを経験している先人達、口々にこういうのです。

「成人式マジックにはかからないようにね」

 

私はそれが存在していたとしても、かかるわけがない。とたかをくくっていたのです。

 

なぜなら、先人たちは

本人はトランス状態であることに気が付かない

ということを教えてはくれなかったから。

 

午前二時、「久しぶり」という文字がスマホの画面に流れる。

相手はかつて好きだったあの人。

あぁ、きっと酔いの延長で連絡してきたのだろうな、と感じながら

 

久しぶり”の5文字を並べる。

 

送信、就寝、そして起床。

 

 

「次はいつ会えるかな。」

って通知が来てた。

 

また会いたいと言ってくれるのではないかという、邪な気持が芽生える。

 

その後、私の淡い期待とは裏腹にシラフで続いた会話は三日で幕を閉じる。

芽は枯れ、結局、彼は何を期待して連絡をくれたのだろうという疑問が残る。

 

彼がトランス状態で送った「久しぶり」の呪文に乗せられて、私もマジックにかかっていたのだろうなという結論にたどり着いたのです。

 

そして私は、純粋に懐かしくなって連絡をくれたのだろうとは思えない自分の感情に

少し感傷的な気持ちになったりしたのです。

 

小さなマジックショーはこれにて終演、お疲れさまでした。

 

 

 

追記

ちなみに、私が定義していたマジック以外のパターンも存在します。

当時、仲が悪くなってしまった友人や、名前は知っていたけれども話したことのなかった人、

そんな人々と、あら不思議、簡単に話せちゃう的な展開にもなる

ということがわかったので、今後成人式に参加する方々、いろんなマジックショーを楽しんでいただけたら幸いだとそう思いますよ。

 

それでは、また。

 

 

 

 

 

ブログと私

特別お題「わたしがブログを書く理由

 

今回は、私がブログを綴る理由について語りたいと思っております。

 

 

では、何故綴るのか。

それは、

 

寂しく、貪欲な人間だから。

 

毎日、誰かに話したいのです。

今日感じたこの気持ち、

一瞬だけど惚れてしまったあの人のこと、

昨日はわからなかった言葉の意味を。

 

だけど、

考えを見透かされるのが怖いから、

友人には言えなくて、

なんだか、恥ずかしいから、

家族には言えなくて、

 

いつも、自分の日記に書き留めていました。

横殴りの文字で、誰に見せることなく、ひっそりと。

 

私の日記は寂しいものです。

 

久しぶりに遡ってみると、

2023.8.05

記憶にナイ

そう、ぽつんと書いてありました。

もう、書くことに飽きていたのだな、と思う一文でした。

 

他の頁をめくれど、

あぁ、どうして自分はいつもこうなんだ

と、反芻思考を綴るばかりでした。

 

そんな日記だけど

たまに、解決策も書いてありまして、

 

気持ちが沈んだときに聴くといい音楽、

読むとよい小説の頁数、

救われた言葉。

 

全て、

反芻思考から抜け出すカギになる言葉たち。

 

そのカギは、

誰かが自分自身それ以外の人間残した言葉たちだった。

 

そう気がついて

いつの間にか、反芻思考ではなく

 

自分と、誰かのために何かを残す。

 

そんなことができたらいいなぁ、

という思考が脳内を渦巻いていました。

 

 

その何かの始まりが、このブログだったんですね。

 

自分の中だけにとどめておくには勿体ない考えを、

共有できたらいいなと、

私と同じような人間の役に立ててくれればいいなと、

そう思ってこのブログを綴っています。

 

しかし、いざ始めて見ると

書くということは簡単ではありませんでした。

 

日に日に、記事に星が光って、読み手が増え、

寂しさは埋まったけれど、もっともっと誰かに届いてほしいと思うようになりました。

 

ある日、

どういう私であれば、どんな文章を綴れば、読み手に受け入れられるのだろう。

と、考えるようになりまして。

 

その日から、パタりと

キーボードを打てなくなりました。

 

私と同じような人間のために書いていた日記は、

いつの間にか、私でない誰かに寄り添おうとする不安定な日記になっていったように思います。

 

だから、また自分の声に耳を傾け、

どんな言葉を欲しているのか静かに待っていました。

 

その言葉は、

140字の綺麗にまとまったものではなく、

15秒のキラキラした動画にまとめた収まりの良いものでもなく、

 

 

もっと長くて、曖昧な矛盾したものでした。

それでいて、私とは何なのかに向きあえるもの

 

 

寂しさは貪欲になって、

その都度、自分と向き合って

ブログを綴って、

ある日、

誰かの日常の為になった。

 

なんてことが起きるのは

ブログなんだろうなぁ。

 

 

そんな考えが今の執筆に至るのでしょう。

 

夜、寂しくなって

この日記を綴ります。

 

寂しく、貪欲な人間の

どうしようもない夜の痕跡なのです。

 

それでは、また。

 

寄って、選って、酔わされて

 

2023.9.11


 

本日、本の街へ

 

幼馴染という肩書きを持ちながら、話したことのない人間とご飯にいきまして。

 

行きは地下鉄にて。

 

やっぱり、ホームの生ぬるい風と、独特な香りがたまらない。

 

本の街。

 

シャッターを切ることさえ禁ずられるような街。

 

 

茶店にて一息。

 

着飾らない店内と、着飾らない人間たち。

 

今回、私が惹かれた本の

文豪の云う細君は、悪妻よという台詞が刺さってしまいまして。

 

そう考えたら、世界のためにあなたを犠牲にする人間と、

あなたのために世界を犠牲にする人間がいたとして、

 

乙女達が後者に惹かれてしまうのも、同じ類の理由かしらと思いつつ。

 

珈琲ゼリーでございます。

 

その一言で再び喫茶店

 

あれは、どの果実のブランデーだったのかしら、

ブランデー香るくりーむと、酸味の効いたビターなゼリー。

 

珈琲ゼリーに酔わされて、頁をはぐる午後三時。

素敵な時間。

 

お邪魔しました。またいつか。

 

本日もお付き合いいただき嬉しい限りでございます。

 

それでは、また。

 

 

自己愛、故に自己嫌悪【蛙化したみなさまへ】

2023.9.5

みなさん、九月はいかがお過ごしでしょうか。

 

私は、先週のスーパーブルームーンを観れず少しばかり後悔している日々です。

次回お目にかかれるのは三月だそうで、

14年後の予定が一つできました。

 

月光ってすごく心地いい、寂しい、時の流れがゆっくりに変わって、

あぁこのまま夜は終わらないんじゃぁないかなって気分になります。

 

さて、長くなりました。

今回の日記では蛙化の解釈が本来の意味と異なりますので、その点はご了承ください…

 

蛙化について綴っている理由はこちらの日記から↓

yayoi-sangatu.hatenablog.com

 

 

本日のお客様。蛙化したみなさまへ

 

蛙化しちゃう自分が嫌になる、そんな自己嫌悪に陥ってしまうみなさまへ

この人何かいってるやぁ程度に目を通していただければ幸いです。

 

さぁさぁ、私事ではありますが、少しばかりお付きあいください。

私も過去に恋人がおりました。

私から告白をして、めでたく三度目のデートを迎えた日のことです。

私のなかには、ドキドキなんていうかわいい効果音は響きませんでいた。

むしろ、気分が悪い。恋人のチュウも可愛いって言葉も触れる体温も全てに違和感がありました。あんなにも好きだったのに、あれ?嫌いだ。無理だ…

そうおもったんですね。

 

人生初、水族館デートの台本にはどの頁にも

‘‘別れたい。‘‘

その台詞しか見当たりませんでした。

 

デート中に別れを告げました。

恋人はぽかーんとしていました。

 

その後、家に帰った私は泣きました。大号泣。

 

私は屑だのごみなどと自分を罵りながら、わんわん泣きました。

私と同じ思考回路の方は、理由をお察しではないでしょうか。

 

恋人と別れたことに涙したのではないのです。

 

ただ、自分の幼さとちゃちな愛に情けない、と思って溢れた涙でした。

私の本気はこんなものだったのか

私の愛はこんなにも浅はかなものだったんだ、

 

そう、思ったんですね。

まぁ、本気とか愛してるとか、チュウだとか、当時16の私にはお似合いのフレーズですね。

 

これが私の最近耳にする蛙化の決定的な瞬間でした。

 

正直、蛙化した自分に嫌気がさしていました。

その時は私だけだと思っていましたが、案外、自己嫌悪に陥る方がいるものですね。

 

なんでこんな風に、人を簡単に嫌いになって傷つけることができるのか、

あぁ、最低だ。次の恋もこうなるんだろうな、

恋愛なんて無理なんだ。

 

そう思う方もいるのじゃないかしら。

ちなみに私はそういったタイプの人間でした。

 

でも、それでいいんですよ。

きっと自分自身を最低だ、屑だ、ゴミだ、軽い人間だ、

などと言って、負の言葉のシャワーを浴びることで、一方的に別れを告げたという罪悪感から逃れてる。

ある意味、自分自身を愛してるが故の自己嫌悪なんですよね。

 

気が済むまで、そう言い続けたらいいです。

 

とはいえ、こんなことを人前ではいうもんじゃないんですね。

友人は私に、

あなた自身をクズだとか言わないで欲しい。お願いだからやめて。

 

と言いわれました。

有難い言葉でした。

 

その日から、私のことを好きでいてくれた相手への敬意として、

自分をゴミだとかなんだとか言うのは控えようと思いまして。

 

自己愛ゆえの自己嫌悪は、

相手の人間選びの感覚を否定している気がするのです。

あなたを好きでいてくれた人や、今までの友人に

‘‘あなたは自称:屑・ゴミ人間を友人や恋人に選んだセンスの持ち主なのですよ。‘‘

と、告げているようなもの。

 

自称:屑・ゴミを好きでいただなんて知ったら

きっと相手は自身の感覚を疑います。

 

自己嫌悪をやめたければ、

自分を大切に思っている方への敬意として自分に優しくしてください。

あなたのことを大切に思ってくれる人がいなければ、

 

未来であなたを愛してくれる方のために。

 

それでもだめなのなら、あなたは重度の自己愛者なんだとおもいます。

私、自分を好きな人間は嫌いじゃないです。

 

誰かを愛する前に、自分の正しい愛し方を探してください。

 

私も、人やものの愛し方を模索中なのです…

愛し方を模索中だといっているうちは見つからないでしょうがね…

 

今日も、お付き合いいただきありがとうございました。

それでは、また。